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20 Project Hypnos

mission 20 【プロジェクト・ヒプノス】

「私たちには小さな弟がいました」
そうタナトスは切り出した。
「体が弱く、外で遊ぶこともままならない子を、私たちは慈しみ、その子のためにと色々なプログラムを組みました」
「それがこの仮想世界のはじまりなのか?」意外な展開だ。少佐はしかしそれを声に出さず、先を続けろと仕草で促した。
「ええ。あの子が行きたいところを、できるだけ忠実に、そして自由に歩き回れるようにと作りました。
最初は喜んでくれて、色々行きたい場所もリクエストしてくれました」
「だがテレビゲームみたいなもんだ」しょせんは触れられない。ただの絵と変わらない。
そういいながら少佐は、一時もじっとしていなかった自分の少年時代をふと思い出していた。
「その通りです、すぐに飽きてしまい、それどころか余計に外への思いは強まるばかりでした。
さらに弟の体は徐々に弱っていきました」
「そこで“体験のできる仮想現実”を作り出したのか。しかし俺の見たあの生命維持装置、あれは個人でどうこうできるものではないだろう」
「ええ。ですからヒプノスはスポンサーを探してきたのです」

そしてタナトスが説明した経過はこうだ───
最初はヒプノスはフライトシミュレーターのような訓練用のプログラムもって軍に近づいた。
爆弾処理などの危険な作業を訓練するためのプログラムで、初めてヴァーチャルリアリティ装置を導入し、効果を上げたことをきっかけに、膨大な研究費を手に入れた。
そして少しずつ世界を広げ、かつデータの蓄積を重ねていった。
しかし兵士の訓練の為だけに、膨大の予算が下りるというのはおかしいと、ヒプノスたちが思い始めた頃、軍はある「提案」を持ち出した。
この仮想現実世界を本物と思わせ、ある人物を連れて行きたい、と。

国際法で拷問は禁じられている。薬物による強制的な自白などもだ。
しかし嘘発見器などの方法は、訓練された者には効果がない。
優秀なスパイを泳がせようとして逃げられる、そんな失敗を何度か繰り返したことから、軍は泳がす方法を変えることを思いついたのだ。
それがこの仮想現実世界。
捕らえられたスパイは、釈放されたと信じてどのような行動を取るか、ここならばつぶさに観察できる。
しかも決して逃げ出すことはできない。
さらに、この世界は「国」ではない。現実世界ではただ眠っているだけだ。
この夢の王国では「拷問」でさえも仮想なのだ。

そして極秘裏にヒプノスプロジェクトは発足した。
何人ものスパイたちがこの夢の世界に送り込まれ、そして軍は重要な情報を手に入れることができた。
もちろんこれはタナトスだけでなくヒプノスにとっても本意ではなかった。
しかし手を引こうとする二人を、軍はあらゆる手段を使って引き留めようとした。
プログラムは完成していても、この世界を知り尽くした二人にしか、完璧なシナリオが書けないのだ。
ほんの小さな矛盾から、たやすく人は異常を察する。
そして自分が閉じこめられているという事実に、耐えきれずに自らを傷つける者さえいた。
この世界で傷ついたところは、現実世界にも影響する‥‥その事実はこうした経験から得た情報だった。

タナトスはこの計画の中止を、再三ヒプノスに懇願するようになった。
この計画から手を引くだけでは、コントロールを失った混沌とした世界を残すことになる。
それならばいっそ自らの手で抹殺しないか、そうタナトスはヒプノスに提案し、一度はそれを了承したはずだったのだ。

そしてやがて弟はその短い生を終え、この世界を維持する目的はなくなった。
二人はこのプロジェクトから手を引くはずだった。


そこまで話すとタナトスはふっとため息をつき、外を眺めた。
窓の外には、墨を流し込んだような暗闇が広がるばかり。
風の音すらしない。
まるで真空の宇宙空間にぽっかりとこの部屋だけが浮かんでいるようだ。

「ヒプノスは手を引くと言ったのです。それを信じて私は自分たちの世界へ戻った」
「しかしヒプノスは戻らなかったんだな‥‥なぜだ?」
少佐の問いにタナトスはただ肩をすくめる
「さあ。研究を続けたかっただけなのかもしれません。弟という枷が無くなった分、自由に研究ができると。
そして膨大な研究費を手に入れるために、人質計画を思いついた」
「それが本気なら俺の目を見て話せ。何を隠してる?」
少佐の言葉に、タナトスの瞳がわずかに揺れる。
「かないませんね。でも、もうじきわかります。大丈夫、これはあなた方に影響を及ぼすような事ではありません」
そう言ってひっそりと微笑んだタナトスの横顔が、やけに頼りなげに見えたのは、この部屋の灯りのせいだけではない。少佐はそう感じていた。

その時、少佐は端末のメールアイコンが点滅しているのを見つけた。
Aからの連絡だ。
〈会議は中止。何者からサイバーテロ予告により、各国首相がアクセスを拒否したため〉
これで当面の危機は無くなった。
タナトスにもこの画面を見せると、ほっとした面持ちで少佐に頷いて見せた。
「あとはもう一度、ヒプノスと話してみてくれませんか?」
「俺ひとりでか? そろそろこのしょうもない兄弟げんかを終わらせろよ。
おまえさんが説得できないのか?」少佐の言葉に、ただ首を振るタナトス。
「彼は私のためにしていると思っている。私には止められない」
ふと、何かを思いついたようにタナトスの目が見開かれた。
「彼を止めるには簡単な手があります」
そう言って真っ直ぐな瞳で、タナトスが少佐を見つめた。
「あなたが私を殺してくれますか?」

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