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08 The realm of enchantment-3

mission 8 【幻惑の王国-3】

問いかけに黙ったままの少佐をみて、クラークは声を潜めた。
「——少佐?あんたもしかして、何にもご存じないんですか?
 まさか…気が付いたらここに来ていたなんていうのじゃないですよね?」
「ここへは任務で来た。だが詳しい話はできない」
「ああ…じゃあ少なくとも正規の任務な訳ですか」
それを聞いてクラークは、なぜかほっとした顔をする。
「それ以外でここへ来るのは、どんな奴なんだ?
 お前は何のためにここにきている?
 それに“気が付いたらここに来ていた”とは何だ?」
少佐はクラークの前に仁王立ちしてまくし立てた。
少佐の勢いに押されて、クラークは首をすくめる。
「少佐ぁ、そういっぺんに聞かないでくださいよ。
 ——でも、そんなことも知らずに、任務でここに来るってのも変ですね?」
クラークは、身振りで少佐にも座れと促す。このまま見下ろされていてはたまらない。
「時間がなかったんだ。その代わりに案内人がいる」
「最近このへんでうろうろしている、金髪のきれいな男だな」
「そんな事はどうでもいい!まずお前が何でここにいるか
 聞かせてもらおうか」
クラークの隣にどっかりと腰を下ろしながら、少佐は言った。
「俺は、ま、言ってみりゃボランティアですよ。
 リアルなシミュレーションゲームがあるって言うんで興味を持ってね。
 志願したんですよ。仕事って言ってもたまに訓練があるだけで、暇なもんです。
 あ、さっき俺があなたに聞いたことですが…
 俺たちの間の隠語で実験の被験者が死人で監視管を死に神って呼んでるんです。
 なんせ本体はずっと死人みたいに寝っ転がってるんですからね」
「ほぉ。」
こいつは嘘をついている。しかしここで彼を締め上げたとしても、たいした情報は得られないだろう。
「お前、確か去年何かの作戦に参加して、それきり見かけなかったな。
 もしかしてこの作戦に参加してたんで、いなかったのか?」
「そ、そうなんです」動揺するクラークを見て、やはり彼の身に何かが起こった事を確信する。
黙って先を促すと、クラークはしどろもどろになりながらも続けた。
「怪我があったんで、暫く体を休めようと、この実験に参加したんです。
 この世界ならば体に負担はかからないから」
「そうか。大変だったんだな。それじゃあここは長いわけだ。
 たまに力になってもらえないか」
「も、もちろんですよ」
「じゃあまずビールの飲み方から教えてもらおうか。奢るぜ」
そう言われてクラークの顔がぱっと明るくなった。
こいつは暫く泳がせよう…。

クラークと別れて部屋に戻ると伯爵の姿がなかった。
時計を見ると10時を回っていた。
机の上に「また明日」というメモを見つけた。
この世界で人は眠りにつくのだろうか?
今まであまり意識していなかったが、肉体的な疲労を感じない。
もちろん精神的には色々と疲れることがあるが、夜になっても休みたいという気にはならない。
食事についても同じく、空腹というものを感じない。
クラークに言わせると、俺にはその手の欲望が薄いらしい。
しかし慣習として食事は取るようにと勧められた。
現実と仮想世界とのギャップはなるべく少ない方がよいというのだ。
それでいうと睡眠も取った方がよいのだろう。
少佐は試しにベッドに横になってみた。
——しかし一向に眠くならない。やはりあれか…あれがないと俺は…
「めーりさんのひつじ、ひつじ…」
とたんに意識が遠のいていった。


突然意識が戻った時、窓の外は明るくなっていた。時計を見ると6時。朝だ。
「少佐」
わっ!は、伯爵?!」突然のことに思わず飛び起きた。
薄明かりの中、伯爵が座っていた。
少佐は思わず自分の着衣を確かめほっとする。(いや、こいつは違うんだ…落ち着け…)
「ど、どうしたんだ、こんなに早くから?」
「“また明日”ってメモを残したろう?
 いつ君が僕を呼ぶか分からないから、ここで待っていようと思って」
これではまるで“日曜日のお父さん”だ。
子持ちの部下から、休日に子供が遊んでもらおうと、朝からまとわりついてくるという話を聞いていたが…
まさか自分の身に起こるとは。
少佐はベッドを下りてバスルームに行った。鏡を見ると、服のまま寝てしまっても、皺ひとつできていない。
仮想世界とは便利なもんだ。
「今日はどこに行きたい?」
「そうだな…ちょっと考えさせてくれ(まだ6時だぜ)
 それよりお前、ヒプノスに会った事あるか?」
「無いよ。彼に会えるのは、ほんの数人だ。V.I.も色々あって、
 彼自身が作った者と他の人の作った者がいる。
 側近はみんなヒプノスにプログラミングされた、いわばエリートさ」
「お前はどうなんだ?」
「分からない。僕のプロトタイプはヒプノスのプログラムらしいけど、
 カスタマイズされたのは最近だから」
「実在する人物を、V.I.として作り出すことは良くあることなのか?」
「うん。行動パターンなど設定する時に、モデルがいる方が楽だからね」
「お前をカスタマイズした奴が、本物の伯爵を知っていたとは思えんな」
伯爵にしてはこいつは素直すぎる。
それとも“あの趣味”さえ無ければあれも案外まともな奴なのか?
「君がもし望むのなら、本物に近づけるよう努力するよ。
 どんなときに彼はどういった行動を取るか、教えてくれ」
「やめろ」思わず大声になってしまい、伯爵はきょとんとした。
「いや、すまん。…お前はそのままでいい」
訳なんか聞かないでくれ。
それに…恐ろしいことに、俺はこの“伯爵”に嫌悪感を抱いていない。
少佐の表情を読みとったのか、伯爵はだまったまま少佐の言葉を待っている。
「とにかく、今日はヒプノスのアジトのある周辺を回ってみたい。
 案内してくれ。まずシティ内で周辺を探って、それから外に出る」
「分かった」
早朝から既にV.I.達は行動していた。勤勉に自分の役割をこなしている。
「俺と会う前は、お前いつも何していたんだ?」
少佐は歩きながら、ふと疑問に思って聞いてみる。
「本物の伯爵の行動パターンをこの世界で踏襲するのは、
 あまり意味がないと僕をプログラムした人は判断したらしい。
 データとして美術品の知識や鍵の開け方は知っているけど、
 実際に泥棒に入ったことはないね。
 行動パターン予め決められているV.I.もいるけれど、僕は何も制約がなかったので、
 人間達の行動をトラッキングしてたよ。そこから人間の行動を学んでいたんだ。
 僕らは自分で情報を蓄積していくようプログラムされているから、
 それぞれ色々な知識と経験を積むように行動している」
「それでは…あいつの趣味は…その、男の…」我慢できず少佐は聞いてみた。
「ここでは性的嗜好はあまり意味がないよ。
 だけど必要ならば、君が教えてくれ」にっこり笑って伯爵は応えた。
「俺がか??」冗談じゃない。少佐は思いっきり後に下がった。
「冗談だよ。僕は君に関するデータもちゃんと入ってるからね。
 そう言うことを君が嫌っているのは、わかってる」伯爵はくすくす笑いながら言った。
冗談も言えるとは上等だ。少佐はむっとしたまま先に立って歩き続けた。
伯爵はその後をうれしそうに付いてくる。段々知恵が付いてきやがった…。

シテイの境界線に近づくと、建物はまばらになり、やがてフェンスに区切られた場所に出た。
「ここから先がヒプノスのアジトのある丘だよ」
伯爵が指さす先は、細い道が鬱そうとした林の中に伸びていた。
「ここは最初にシティに入った時のような、目くらましは無いんだな」
「うん、でもここの出入りは監視されていると思うよ。
 アジトのまわりは何人かのV.I.が歩哨として監視している」
フェンスを見ると丘に続く道への扉が、鍵もなく開いていた。ここの出入りは自由らしい。
少佐と伯爵は丘のまわりを歩いてみることにした。
頂上は林に遮られて、見ることができない。
丘の裏手にさしかかった時、少佐の目の端に何かが映った。
無言で手を伸ばし伯爵を止める。伯爵は怪訝な顔をするが、目で合図をすると分かったと小さくうなずいた。
ひとり…ふたり…少なくとも5人はいる様だ。この距離ならば逃げ切れるだろう。
しかし姿を見られているとしたらこのあとここに近づくことが困難になる。
少佐は相手の出方を見ることにした。
こちらが気が付いていることを見て取ったか、人影が姿を現し近づいてきた。
「こんな所で何している?」
先頭の男が声をかけてきた。5人ともまちまちな服装だ。
「おい、この金髪のにーちゃん見かけたことあるぜ」後の長髪の男が口笛を吹く
もうひとりが伯爵に近づき、無遠慮に髪に手にからませる。
「ドールか?」
「ああ」
ドールとは察するにV.I.のことか、とたんに5人の態度が大きくなる。
「どうした、こんなとこまで来て、誰かに命令でもされたか?
 ドールはドールハウスでおとなしくしてろ!」
伯爵の衿に手をかけ、男が凄む。
「やめろ」少佐は伯爵にかけられた手を払いのけながら言った。
どうやら少佐もV.I.と思っていたらしい。相手が驚いて飛びあがった。
「お、お前??何だ、この辺じゃ見かけないな一体どこのどいつだぁ?」
こんな奴らに名のる気はさらさら無い。黙りを決め込むか。
しかし少佐は不安要素が一つあった。
バーコードだ。自分にはバーコードがない。これでV.I.だと思われては、
こいつらが何をするか分かったもんじゃない。
——相手は5人…勝てるか?
その時、背後から別にもう一人が歩み寄ってきた。
「あれ、少佐じゃないですか?」緊張して身構えた少佐の耳に、聞き覚えのある声が響いた。
クラークだ。
少佐という階級を聞いたとたん、残りの5人がとたんに居住まいを正す。
どうやら格好はみすぼらしいが、こいつら一応は軍人らしい。
「どうしたんです?まさか少佐の任務って、ヒプノスを取っ捕まえるってやつですか?」
「ばかもん」少佐は思わずクラークの頭を張り飛ばす。
「いて!何すんですか?」
「もし仮にそうだとしても、そんな大声でいってどうする?
 奴のアジトの近くで、しかもこいつらは何だ?」
こいつらと呼ばれた男達は、居心地悪そうに固まっている。
クラークは物怖じもせず少佐の肩をぽんとたたき言った。
「大丈夫ですよ、こいつら俺の仲間です。
 どうすか、少佐。ここは一つ協力体制を取りましょうよ」
こうも気楽に協力体制といわれても、信用し難い。
少佐のあからさまな不新顔に気づいて、クラークは先程はたかれた頭をさする。
「まいったな。そりゃ俺のこんな調子じゃ信じてもらえないのは分かりますがね。
 ここはひとつ俺たちのアジトに、足を運んでくれませんか?」
「どこへだ?」
「近くです。もうちょっと話ができる男がいますから」
仕方がない。ここでぐずぐずしていても、この人数だ。ヒプノス側に見つからないとも限らない。
「案内しろ」短く言うとクラークの腕を引っ張り、歩き始めた。
5人と伯爵が慌てて後を追う。
「しょ、少佐! 分かったから、手を離してくださいよ。
 ちゃんと案内しますから」
少佐が手を離すと、クラークは林の奥を目指して歩き始めた。
その後を少佐が追い、伯爵がそれに続いたところ、仲間の一人が伯爵の前を遮った。
「ドールはだめだ」
「こいつは必要だ」少佐が戻ろうとすると、その腕をクラークがつかむ。
「すみません。俺たちの規則なんです。ドールはヒプノスが作ったもんだ。
 こいつの意志にかかわらず、情報が漏れるかもしれない。
 人間だけでお願いしますよ」
仕方ない。少佐は伯爵に行けと合図する。伯爵はあきらめたように立ち止まった。
男達について林を進む中、振り返ると伯爵はまだ立ちつくしていた。
その姿が妙に頼りない。捨てられた子犬のようで妙に胸のあたりがむずむずする。
「おい、帰って俺の部屋で待ってろ!」歩きながらそう呼びかけると、伯爵はうなだれてやっと歩き出した。
頼むぜ、叱られた子供じゃないんだぞ。本格的に保護者の気分だ…。

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受信: 2004.10.16 14:33

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