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05 The realm of enchantment-2

mission 5 【幻惑の王国-2】

伯爵が少佐のために用意した部屋は、パブの2階ということから、騒音を覚悟していた。
しかし、思いの外静かで、清潔だった。
ベッドはスチールパイプ製だが、シーツは真っ白だ。
伯爵にしちゃまともな部屋じゃないか。本物の「あいつ」なら俺に天蓋付きベッドを用意しかねないだろうな。
他には木製のテーブルとイス、そしてワードローブがあるだけだ。テーブルの上にはノートパソコンがある。
「ここでパソコンがあるということは、通信ができるのか?」よりによってマックだぜ…。
少佐は慣れない手つきでアップルのPowerBook G4を立ち上げながら、伯爵に聞いた。
「この世界でもネットは使えるのか?」しかもブラウザはSafariだ。嫌がらせとしか思えない。
「この世界の中限定でね」
やっぱりそうか、落胆してベッドに腰掛ける少佐のかわりに、伯爵が端末に向かった。
「それでもデータベースは使える。もちろん情報やアクセス権は限定されるけどね」
「シティの地図はあるか?」
「あるよ」伯爵はキーをたたき、画面に地図を表示させた。
「この赤丸が私たちのいるところだ。ほぼシティの中心だ」
少佐は伯爵の肩越しにディスプレイを見つめた。
「もっと引きで見られるか?」
少しずつ縮尺を変えて表示させると、シティの大体の形が現れた。コの字の形をしている。
「ここの部分はなんだ?」
少佐はへこんだ部分を指さして聞いた。
「そこはシテイの外で、さっき私たちが来たところと同じように森になってるよ。
 なだらかな丘になっていて、頂上に建物があるらしい。もちろん警戒は厳重で
 近づくことはできない。たぶんここにヒプノスの本拠地があるんだと思うよ。」
「ずいぶん分かりやすいな。俺はどこかのビルの一室にでも隠れているかと思ったよ」
まずアジトを突き止めるのにどのくらいかかるかを心配していた少佐は、少し拍子抜けた気分になった。
「ここで彼に逆らう者は殆どいないからね。隠れる必要はないんだよ。」
「殆ど?」
「そう。ここはヒプノスが自分の理想の基に作り上げた都市だ。
 彼の定める規律に従って生きれば、平穏な暮らしが与えられるけれど、
 人間からすれば、せっかくの仮想現実なんだからもっと自由が欲しいと思う者たちもいる
 仮想だと分かっているのに、それでも羽目を外したがるなんて、人間って変だね」
無邪気に首を傾げる伯爵を見て、少佐は密かにため息をつく。
(こいつには酔って憂さを晴らす、なんてことは理解できないだろうな)
「お前達V.I.は感じないのか?」
「何をだい?」
「ヒプノスの規律をはずれてでも、やりたいことはないのか、もっと自由になりたいとかだ」
「この世界では彼は絶対だ。彼に従っていけば、理想の世界がいつかきっと作れると
 僕らは信じているんだ。ヒプノスの考え方にほぼ全員のV.I.が賛同しているよ」
真っ直ぐに少佐を見据える伯爵の目に、一点の曇りもない。
しかし少佐はその意味するところの恐ろしさを知っている。ドイツ人ならば分かるはずだ。
「いいか、伯爵。一点だけを見据える世界に、未来はない。人は常に多様なものだ。
 それをひとつにまとめ上げると言うことは、一見理想の実現のように思うだろう。
 だが、ほんの一握りすら疑問をもてない様に、統制されていると言うことだ。
 そんなのを“理想”と思うな。」
ユートピアの語源はギリシャ語のou+topos、“あり得ざる場所”だ。
ギリシャの神の名を語る者が、偽物の理想郷を創る…お笑いだぜ。
「お前はお前が何をしたいか、何をすべきなのかを自分自身で決めていいんだぜ」
「ここで君を裏切ることになっても?」
「そうだ。お前が望むなら。そして同じくヒプノスを裏切ることになってもだ」
「君は僕に何をさせたいんだ…」
「お前のすべき事だよ」
当惑して立ちつくす伯爵を残したまま、少佐は部屋を出て下のパブに入った。
何だろう、この苛立ちは。本物の伯爵は、嫌になるくらい自由だ。己の欲望に忠実で、奔放だ。そんな生き方を俺は決して認めたくない。だが、この伯爵を見て感じるのは何だ?
しっかりしろ、ここであいつを味方につけておいて、ヒプノスの野郎をとっつかまえる手助けをさせなくちゃならないはずだ。ここであいつに変な知恵を付けてどうする…。
パブでビールを1パイント注文する。ぐいっとあおると冷えた液体が喉を潤す…しかし一向に酔いが巡る気配はない。
「おい兄さん、ここは初めてかい?
 だめだよ、しょっぱなからとばしたって、酔えるわきゃねえよ。
 この世界で酔っぱらうにはこつがいるんだ」
いきなり見知らぬ男に背中をたたかれ、少佐は思わずビールをこぼしそうになった。
「教えてやるからよぅ、ビールを奢ってくんねえか?」
少佐がうるさいと口に出そうとしながら振り向くと、目の前には先程の「死んだはず」の男が立っていた。
「お前…」向こうも少佐に気がついたらしい。気まずい沈黙の時間が流れた。
「え、エーベルバッハ少佐?」
少佐は踵を返して逃げようとする男の腕を捕まえ、近くのソファーに投げ出す。
「久しぶりだな。俺を覚えていてくれたようだな。確かお前、クラークだったよな。
 せっかくだ。少し話をしようじゃないか」
「昔話ならちったぁしてもいいぜ…」あきらめたようにクラークはソファに深く座り直した。
「話せ」
「その前に聞かせてくれよ、お前…死人か?それとも死神か?」
「?」
「お前、もしかして自分が死んじまった事分かってねえんじゃないか?」
クラークの言う意味が理解できず、少佐は黙って彼を見つめたまま立ちつくした。

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最近よく行ってるサイトにESSというのがあります。 「エロイカより愛をこめて」のファンサイトで、 前にもゲームを紹介しましたが、けっこう中身が濃いサイトなの... [続きを読む]

受信: 2004.09.23 15:36

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