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01.prologue



始めは一瞬の煌めきだった。それを捕らえるのはそう難しいことではなかった。
やがて一つの流れとし、織りあげ、かたちと成すまで数年の時間を要した。
さらに膨大な時間と巨額な費用も。
研究を存続させるために、皮肉にも開発者はその研究を手放さざるをええなかった。
しかし、いつの日か彼はそれを取り戻すつもりだった。そのために何が必要か、彼には分かっていた

mission 01



「クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐、君に特別な任務がある」
「部長、またろくでもない実験じゃないでしょうね。」
朝一番で部長に呼び出された少佐は、椅子にふんぞり返っている部長に、鋭い一瞥をくれた。
「…いや、今回は実験と言っても…」いきなり図星を指された部長は一瞬たじろいだ。
「俺は勘弁してください。」きびすを返して部屋を出ようとする少佐の背中越しに、部長が切迫した声をかけた。
「いや、待ってくれ!!今回こそ君のような精神力を持った人物が必要なんだ。
…もう我々には時間があまり残っていないんだ」
「その言い方からすると、バカな実験と言うわけではなさそうですな。詳しい話を伺いましょうか。」
「うむ…そこにかけてくれ。これから話す事は極秘事項だ。これを見て欲しい。」
そういうと部長は、自分の前にあるパソコンに、不器用な手つきで何かを打ち込んだ。どうやらどこかのサイトのアドレスらしい。
いくつか認証画面にパスワードを打ち込み(あの部長がよくもまあパスワードを覚えたもんだ)、やがて小さな画面が開いた。
「これは?」
「我々が唯一見ることができる“窓”だ。」
画面は、よくあるオンラインゲームのようだった。人の視線より上、木の上から撮っているような位置からの眺めは、けして広いとは言えない。
時たま人影が映る。軍服姿だ。だがどこの軍か少佐には認識できなかった。
「あそこを守っているのはいわば多国籍軍だ。」
「守るって…?これはどこなんですか?」
「どこ…というのは正確ではない。」
「はあ?」ここまで煮えきらない部長の態度は、そうあるものではない。
いつもは少佐の知らないことを説明するときの部長は、それは露骨に楽しそうだからだ。
「実は儂にもうまく説明できんのだ。これから君に行ってもらおう。その後また説明する。行った先で、君には特別なナビゲーターを用意しておいた。なに、会えばすぐ解る」そう言うなり部長は電話をとった。
「ああ…私だ。今から彼を連れていく。用意をしていてくれ。」
部長にしてはすばやい対応に半ば面食らいながら、少佐は部屋を出ていく部長に従った。

駐車場では既に車が待機していた。
見たことのない制服の男が、車から出てきた。
「すまんがこの先、儂は行くことができんのでな。あとはマイヤー氏に任せている。」
「彼がその、ナビゲーターですか?」
「いや、“中”に入ってからのことだよ」
そう言うなり部長は、少佐の返事も待たず、そそくさと戻っていった。
見知らぬ男と取り残された少佐は、男を観察した。
身長は180に少し足りないといったところで、やせ形。よく手入れされた爪と高級そうな靴。眼鏡をかけているほかは印象の薄い顔立ちだ。制服は軍服のようだが、どうみても軍人に見えない。
「はじめまして。エーベルバッハ少佐。私は“H計画”主任研究員のマイヤーです。
「“H計画”?」その名称で少佐には甘い匂いと共に、以前の忌まわしい実験の記憶が甦ってきた。
「安心してください。今回はあなたに相応しい任務です。」どうやらあの実験の事は聞き及んでいるらしい。
「車の中で少し説明させてください。——あなたには申し訳ないが、目隠しをさせてもらいます。」
そう言うとマイヤーと名乗る男は、ポケットから黒い布を取り出した。
「場所は機密扱いと言うことか。だがいきなり連れ出されて目隠しとは、俺はそこまで君を信用して良いものかわからんぞ」
「ご不満はもっともです。ですが目隠し以外、銃の携帯はかまいませんし、なにより縛るわけではない。あなたの意志で目隠しを取ることは可能です。——ただし外された時点で、あなたはこの計画から外されます。」

「分かった。」この時点ではこいつを信用するしかなさそうだ。少佐は相手が背後に回り、目隠しをするのを黙って許していた。
車のドアがあく音がし、手探りで車に乗り込む。
車は滑るように発進した。

2〜30分ほど車を走らせた時点で、やっとマイヤーが口を開いた。
「少佐はコンピューターのオンライン・ゲームをご存じでしょうか?」
「ああ、ウルティマとか…部下の中でもはっまってる奴がいたな」
「例えばそれを軍事作戦のシュミレーションに使うことは可能だと思いますか?」
意外な質問に少佐は思わず(見えないながら)相手の方を向いた。
「フライトシュミレーターや確率の計算とは違うんだ。実際の作戦には色々な条件がある。それに参加する人員の体力や経験・技術などを考えるとそれをどうデータに置き換える?訓練をオンラインでやったからといって、兵隊の技術が上がるもんか。」
「ごもっともですね」マイヤーの声は穏やかだ。
「それにハッキングされる可能性もある。計画が事前にもれる確率は、実地訓練よりもあるんじゃないか?」
「だが、独立したシステムで現在最も信用度の高いセキュリティに守られ、回線も外界とは接触がなく、物理的攻撃から守られているとしたら?」
「一体なんのためにだ?」
「新しい王国を築くため…」
「はあ?」少佐は思わず目隠しに手をやろうとしてしまい、慌てて自分を押さえた。
「冗談です。」マイヤーの声は相変わらず冷静だ。
(こいつ、真面目そうに見えて実はロレンスとご同輩か?)少佐のこの任務に対する興味が、不安へと変わっていった。
「あなたはご存じでしょう。私たちの感情や思考とは、脳内でニューロンが運ぶ微少な電気信号だと言うことは?筋肉を動かす指令も、心臓を動かすのもそうだ」
「まさかそれを再現することができるなんて、言ってないだろうな?」
そんな技術が今あるとは思えない。少佐はだんだん今隣で運転している男の、正気を疑いたくなった。
「もちろんすべて解明されたらすばらしいですが、今はまだ…」
そうだろう。「いいかげん何を俺にさせたいのか、教えてくれないか?」
少佐の言葉を無視して、マイヤーは話を続けた。
「——しかしある程度の計測が可能な装置は開発できました。そこで被験者が、実体験に近い感覚を持つことが可能な、ヴァーチャル・リアリティ空間を創り出すことが出来たのです。被験者の脳波から、彼の行動をコンピューターの中で再現できるのです。」
「何だって?」
「我々の用意した架空の場所で、被験者は自分の目で見ているように感じるし、感覚もある。いやあるように感じさせる事が出来る」
「信じられない」
「これから先は、あなたが経験した後でお話ししましょう。その方が早い」
車は高速路からはずれ、舗装の悪い道に入ったらしい、細かな振動が伝わる。ざわざわという木々の梢も聞こえてくる。
どうやら到着したようだ。車はいったん止まり門の開く音と共にまた滑り出した。
音が反響している。トンネルに入ったのか。
やがて車が止まり、マイヤーが少佐の目隠しを外した。
「お疲れさまです。到着しました」
「ここは?」
「どことは言えませんが、我々の実験施設です。私に付いてきてください」
長い廊下を歩かされ、少佐はやがていくつもあるドアの一つから小さな部屋に入った。
壁には一面のモニターがあり、その一角に端末がある。
部屋の中央には歯医者にいくとよくあるような椅子がある。天井からは何本ものコードがぶら下がり、椅子の肘掛けには被験者を拘束するためとおぼしきベルトがある。
少佐は嫌な予感に襲われた。
「おい、まさか…俺に…」
「当然。そのために来ていただいたんですよ。大丈夫。最初はほんの10分ほどにしておきます。」
数人の白衣を着た男達が現れ、少佐の上着を取り、何かを注射した。
「ま、待て、もっと詳しく…」抵抗するまもなく、少佐は意識を失った。

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